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2008年8月29日 (金)

ノータリン、レクサー君のフリードマンの解釈

82224642  ミルトン・フリードマンという経済学者がいます。資本主義社会が素晴らしいと考える彼は、「自由放任」を標榜します。大学当時は、リベラルだったので、あまり好きな経済学者ではありませんでした。ウィキペディアには、彼の思想をこう書いています。

(引用開始)

フリードマンにとっての理想は、規制のない自由主義経済であり、従って詐欺や欺瞞に対する取り締まりを別にすれば、あらゆる市場への規制は排除されるべきと考えた(自由放任主義)。そのため、新自由主義(Neo Liberalism)の代表的存在とされる。「新」が付くのは、ダーウィン主義に影響を受けた自由放任論からの脱却として現れた、ニューリベラリズム(New Liberalism)に基づくケインズ経済学を、再び古典的な自由主義の側から批判する理論だからである。

(引用終わり)

フリードマン本人は、「ケインジアン」と自称しますが、政府が嫌いです。ですけど、ケインズの考え方も採用するから、新自由主義という言葉が使われます。フリードマンの考え方が簡単にわかるのが、シートベルトの問題です。シートベルトをつけるかつけないかは、「個人の選択の自由」です。運転手などがシートベルトをしてないから、他人に迷惑をかけるわけではありません。むしろ、スピードを出しやすくなるので、シートベルトをを設置しない方が、他人にとっては、安全だとも考えられます。エアバッグなどもってのほかです。よって、自動車にシートベルトを装備する必要は無い。その部分値段が高くなるから、シートベルト無しの車を作れとフリードマンは言います。私はこの意見にシートベルト設置を義務づけて、するしないは「個人の自由」に賛成です。今は、後部座席まで取り締まります。余計なお世話です。奇妙なのは、「運転者が罰せられる」という事実です。シートベルトをしないのは、「個人の自由だ」なのに、他人が罰せられるなら、しないと言えないので、運転者を罰するに反対です。この「シートベルトという単純化した話」に、あなたは賛成か、反対かです。実は若い頃は反対でした。理由は温情的パターナリズムからです。事故のリスクをしらないから、取り締まるべきというのが、当時の考えでしたが、今は「自己責任」を重視すべきだと考えるので、フリードマンに賛成です。バイクのヘルメットなんて、それしないで「死ぬ」のは、あくまでも自己責任で、そんな奴をわざわざ取り締まる必要はありません。ヘルメットをしないで、「死ぬ自由」を認めたいと思いますが。但し、「ヘルメットをしないと死ぬリスクが高い」と教育する必要はあります。
 「小さな政府」を重視するフリードマンは、所得分配について、「負の所得税」を主張します。これは、ウィキペディアのフリードマンでは、紹介されていません。理由は税制や福祉の簡素化です。この場合、「働かない人」は所得がもらえます。恐らく年額100万円程度かもしれません。年収300万円では、15万円とかの税金を払い、年収1000万円なら100万円だとか、累進課税にするのですが、最大限で税率25%とか、低い税金にします。私が不満なのは、「働かなくても・働けなくても」貰う金額は同じだということです。年金・生活保護などの社会保障とかは考えない政府です。健康保険も加入の自由化です。民主党政権は、強制保険ですが、フリードマンはそれに反対するでしょう。負の所得税は、働かないことにインセンティブを与えるという疑問が当然上がってきます。
 フリードマンは、政府による干渉を嫌い自由を重んじます。昭和の時代の自民党政権には、フリードマンは反対でしょうね。この時代の自民党は、官僚が主導する社会主義政党でしたから。しかも、アメリカが憲法9条を押しつけてくれたので、「銃かバターか」迷わなくて良かった。防衛に無駄な出費をしなくて済んだのも、日本が発展した理由だし、フリードマン的な格差を容認していれば、庶民のモラールが下がったでしょう。今の中国を見ると、格差があるのは、良くないことだと思います。
 さて、自称「フリードマンを尊敬する」レクサー君の駄文を引用します。

(引用開始)

経済思想と経済実体 ― フリードマンという選択肢

もともと、フリードマンの経済学では、新自由主義的な民営化政策と、基礎所得の強化版的な負の所得税制度が一体となっています。負の所得税制度は安全網として最強クラスです。

負の所得税制度という重要な部分を省いているから、今のアメリカや日本の新自由主義はうまくいっていないだけで、フリードマンの経済学に沿った小さな政府、大きな再配分という道も存在しえます。好景気が15年続き、病院の窓口では患者が交通費をもらえるイギリスでは、COMPACTと呼ばれる民間委託の仕組みで、中央と地方の政府を徐々に小さくしています。

日本の中央政府予算のうち、約半分は公務員への報酬です。これはいくらなんでも多すぎます。制度を単純化し、コンピューターをもっと活用することで事務処理を自動化を推進し、公務員の数を新規採用を減らすことで半分にすれば、社会福祉などにあと20兆円は回せます。

税金を全体的に高くする必要はないかもしれません。

(引用終わり)

レクサー君は「負の所得税」がフリードマンの主張の骨子だと曲解しています。フリードマンは「所得分配の公正性」に関しても、政府の介入を避けるべしと考えており、簡素な税制である「負の所得税」を主張するのです。レクサー君はフリードマンが公平な所得分配を重視すると指摘しますが、そんなことをすれば、「社会主義」になります。「ニートのレクサー君でも、所得が貰える」それが、レクサー君がフリードマンを好きになった理由でしょう。社会福祉なんて、フリードマンは考えていません。コンピュータにより事務処理を簡素化して、公務員を減らすなんて、たまごさんレベルです。働いた経験がないという意味です。MYPのメンバーでお友達の川西玲子女史なんかの自治労連や自治労がいて公務員の半数化なんてできません。「橋下改革」を支持しますが、給料の引き下げなんて、些細な政策も実現できません。仮に小さな政府が実現できても、それを福祉に回すとフリードマンは考えません。福祉国家の考えを嫌っていますから。考えるのは、何よりも、減税です。レクサー君の頭、悪いんじゃないの。レーガンやサッチャーなどの政権でフリードマンのやり方は成果を果たしました。今の日本では、小さな政府が目標です。

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